学者を信用しないわけ

吉本隆明がカルナップと同じとは言わないが、関係した現象だと思う。

 

たぶんカルナップのモードチェンジは、心的システムと神経システムのレイヤー分離に関係した現象をついていて、カップリングが遅れる現象だ。

 

吉本隆明は、そこまで鮮明じゃなく、あくまで文学的な世迷い感かな。

 

ここで大切なのは、神経系の自然界への適応が、一対一で絶対値で関係付けられている分けじゃないこと。たとえば樹木なら地面に根が張っていて、ここは動かせない。そう言うわけで植物は群生する生き物だけど、しかし、動物は移動できるし環境適応能力があるので、逆に言うと、自然界との関係付けを脱臼できてしまう。家畜化したり。

 

そして人間の場合、これが家畜と言うばかりか社会階層で半ば群生化状態なので、その社会の価値観と言う神経世界の構築が重要だ。これがバーチャルリアリティーなのかなぁ。と言う感じがする。経済活動みたいだなぁ。

 

学者の意見なんて、そんなものの一つだものね。特に装置的なものが無いのなら。

 

人権思想のビリヤードモデルが問題だ。身長2メートルと身長1メートル50センチが同じ人権なわけが無い。出身国が異なれば尚更。同じ形同じ大きさのボールのように言うのはおかしい。こう言う政治思想は抽象理念に過ぎないから当てにならない。

 

もう、自分の腕で相手を押しのける迫力が無いのなら、人権は狭まりかねない自覚が必要だ。平和国家の正体がこんなじゃね。

 

※植物が自分で家畜化するという話は聴きません。人間は「自己家畜化」と言う概念があるそうです。その手の本はまだ読んですらいません。他のことに忙しくて。どこかの助教授が15年近く前にわきでゴニョゴニョ囁いていた、原始時代にまで遡った家族の原初的形態としてはおそらく家族奴隷がルーツと言うのも、たぶん、家畜がルーツみたいなことか。家族家畜。社会家畜。王の芋ほり。漢字家畜。女性の権利くクソもバーチャルじゃん。5:51